和歌山地方裁判所新宮支部 昭和31年(ワ)85号 判決 1958年5月02日
原告 新宮信用金庫
右代表者 尾崎梅一
右代理人弁護士 糸川鹿一郎
被告 中山正夫
右代理人弁護士 足立梅市
主文
被告は、原告に対し、新宮市新宮五〇五番地の三及び同番地の八地上所在、家屋番号馬町第二〇六番、木造瓦葺二階建居宅兼店舗(建坪一七、八五坪、二階坪一一、二五坪)を明渡さねばならない。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は、金一〇万円の担保を供して、仮に執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は、主文第一、二項と同旨の判決、ならびに、仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、「原告は、主文第一項掲記の家屋に抵当権の設定を受け、その旨の登記を経由していたところ、右抵当権実行のため当庁に対し、競売法による右家屋の競売申立をなし、その競売手続において原告がこれを競落して、競落代を完納し、その所有権を取得したものであるところ、被告はなんら正当な権原がないのに本件家屋を占拠しているので、ここに被告に対し、本件家屋の明渡しを求めるため本訴に及んだ。」と述べ、被告の抗弁を否認し、証拠として、甲第一ないし第五号証を提出し、証人植地民雄の証言を援用し、乙号証は不知と述べた。
被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、「原告が本件家屋について抵当権の設定を受け、その旨の登記を経由していたところ、その主張通りの経過でこれが所有権を取得したことは認めるが、被告は、本件家屋を正当な権原に基いて占有しているものである。即ち、被告は、本件家屋について原告が抵当権設定登記をした後である昭和三〇年六月二日、本件家屋の当時の所有者上野喜次郎から、本件家屋を賃料一ヶ月金八、〇〇〇円、期間同三五年六月三〇日までと定めて賃借したものであつて、被告は、本件家屋競落人たる原告に対し、競落許可決定がなされた日から三年間、右賃貸借をもつて対抗することができるから、原告の本訴請求は失当である。」と述べ、証拠として、乙第一号証を提出した。
理由
原告が、本件家屋について登記をした抵当権を有したところ、これが実行のため当庁に対し、競売法による本件家屋の競売を申立て、その競売手続において原告が本件家屋を競落し、競落代金を完納してその所有権を取得したことは、当事者間に争いがない。
被告は、昭和三〇年六月二日、当時の本件家屋所有者上野喜次郎から、本件家屋を期間を同三五年六月三〇日までと定めて賃借したものであるから、本件家屋競落人たる原告に対し、競落許可決定がなされた日から三年間は、右賃貸借をもつて対抗し得ると抗争するところ、民法第三九五条本文に、同法第六〇二条所定の期間を超えない賃貸借を登記したときは、それが抵当権設定登記後になされた場合においても、これをもつて抵当権者に対抗し得る旨規定した所以のものは、抵当不動産について存する抵当権設定者の利用権と、抵当権者の目的とする価値権の調和を図らんとするものであることはいうまでもないところであつて同法第六〇二条所定のいわゆる短期賃貸借については、抵当権の登記後に登記されたものであつても抵当権者に対抗できるとして利用権の保護を図る反面、賃借不動産に抵当権が設定されていることを知りながら、右期間を超える長期の賃貸借が設定された場合においては抵当権者の価値権保護を優先せしめ、右賃貸借をもつて抵当権者―従つて競落人―に対抗し得ないこととしたものであつて、この場合賃貸借の期間を同法第六〇二条所定の期間内に制限して対抗力を与えたり、或は、競落許可決定の日から同条所定期間だけの対抗力を与えたりする趣旨の規定でないと解すべきである。
そうすると、被告と上野喜次郎間に被告主張のような本件家屋賃貸借が成立したと仮定しても、右賃貸借が原告の本件抵当権設定登記後になされた同法第六〇二条所定の期間を超える賃貸借であることは被告の自認するところであるから、これをもつて競落人たる原告に対抗し得ないことは前説示により明かであろう。従つて、右被告の抗弁については、主張事実の存否について判断するまでもなく、抗弁自体失当であるといわねばならない。
してみると、被告は、原告に対抗し得べきなんらの権原なく本件家屋を占有しているものというほかはないから、被告に対し、本件家屋の明渡しを求める原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項を適用して、主文の通り判決する。
(裁判官 下出義明)